「面白可笑しいことだけに囲まれた人を
陽気な人と呼ぶなら そんなのどこにもいない
意志で踏みこたえて 人は陽気にしている
それでも ついに意志だけでは到底もたない事態もある
そのとき くじけた意志を救う陽気は どこにあるか」
ー中島みゆきー『我々の宿題』
全文→https://hikino-effect.at.webry.info/201902/article_13.html
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「くじけた意志を救う陽気は どこにあるか」
どこにあるでしょうね。。。
それは、神様に向きあおうとしている自分の中にあるかもしれない、たぶん。
無宗教のお前が何てこと言うんだ!って怒られるかもしれないけど、無宗教=無神論者ではないんですから。
神様はいると信じていますよ。
ただ、神様の姿を何か形のあるものに例えてみろと言われたら、それはさすがに答えられない。
まあ、いいんじゃないか。本当の神様は人間みたいに形に拘りたがるはずがないと(勝手に?)思いますし。
もちろん形を通して心を表そうとするという人もたくさんいるけど、そこまで真面目にできるなら、たぶん私のいる次元はもう此処ではなかったでしょう。
だから、結局神様とつながるものは形ではなく心だと思いたいんです。
自分が納得する神様。自分を限りなく受け止めてくれる神様。
それは例えばイエス・キリストやアッラーではなくても気を落とさなくてもいいでしょう。
仏様やよろずの神々など、あなたを待っている神様は他にも数限りなくいるから。。。
今日もぐったりでがっくりした一日だったね。
明日も同じ一日だろうとしか思えなくなって、もはや一人で立つ力もでなくなりそうだわ。
だけどね、そんなにあっさり忘れないでよ。
あの日奇跡的に助けてもらったこと、まだ覚えているよね。
あの瞬間神様を感じさせられたこと、まだ覚えているよね。
それだけは忘れないでよ。
「ここにいるよ 愛はまだここにいるよ うつむかないで」
それへの感謝として、この暗闇に打ちひしがれないようにしてよ。
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